寝 顔 (お侍 拍手お礼の二十五)

        *お母様と一緒シリーズ
 

我を張るよりもまずは空気を読んで、
場を宥める術に長けているのは、だが。
如才がないというのとも少し違って、
コトなかれ主義でもなくっての、
あくまでも面倒な雰囲気になるのがいやなだけ。
自分のためではなく、
誰かのためだから、頑張れるし我慢も出来る。
本当は、相当に気が短くて暴れ者だったのに、
いつのまにやらそんな融通の利く人性になれたのも、
誰かさんのフォローをしていた時期が長かったからでしょうかねなんて。
優しいようで、ホントは頑迷。
一途なことを照れるよに、
おどけたようにはんなり微笑う彼が、大好きだった。



◇  ◇  ◇



その目覚めはいつもと違い、
意識が少しずつ浮かび上がってゆくのがじわじわ感じられて。

“…?”

日頃、それは切り替え鋭く目覚めるはずが、
これは一体どうしたことかと。
不審を覚えたのとほぼ同時、

“…。”

その原因・理由に素早く気がつくキュウゾウであり。

“…。”

覚えのある甘い匂いと得も言われぬ優しい温みに、
すっぽりくるみ込まれている。
肩口を全部と背中の半分ほど、
胸元も向かい合ってる相手からの放射で温められてのやわやわと、
警戒する必要のない安らぎにくるみ込まれており。
それでと…ついつい油断してのこと、
覚醒と同時に周囲の状況を浚いつつ、油断なく身構えるのが常のはずが、
なかなか目覚め切れぬまま、とろとろと微睡みを堪能している自分であり。

「…。」

これもまた日頃ではあり得ぬ感慨だろう、
勿体ないなと殊更に名残り惜しく感じながらも意識を冴えさせ、
そろぉっとまぶたを持ち上げれば、

「…。////////

それはそれは至近に、大好きなお顔があって。
こちらを覗き込むように俯いての、だが、瞼は伏せられたまま、
金髪の槍使い殿が、やや窮屈そうに身を縮こませての丸くなり、
この自分をその懐ろの中へと掻い込んで、
すやすや穏やかに眠っている。

“いつの間に…。”

覚えがないのが何とも不覚。
見回せば…やっぱり此処はいつもの鎮守の森で、
あの、囲炉裏が暖かな“詰め所”ではないのにね。
哨戒の途中、ちょいと仮眠を取っていた自分に、
気づかせもせずに近づきの、
しかもその上、こうまで深々と抱え込まれのしているなんて。

「…。」

起こしては気の毒だと思いつつ、でも、
寒いのではなかろうかと思ったものか。
懐ろに抱え込んでいたはずの得物の双刀は、
彼の赤鞘の槍とまとめて、すぐ足元へ横たえられてあり。
それもまたキュウゾウには声を奪われるほどの驚きであったものの、

「…。」

さすがは練達な君だからというよりも、
彼への自分の油断のしようの凄まじさへと、
苦笑が込み上げて来てしようがない。

“シ・チ…。”

色白で細おもての端正なお顔。
頬の縁へと触れている瞼の線も、お顔の片側へ淡い陰を落とすお鼻の峰も、
それはそれは柔らかな筆至で描かれており。

“…。////////

綺麗だなぁとうっとりし、
いつまでも飽かず見惚れてしまう大好きなお顔。
だがだが、決して女性のそれのように儚げではなくって、
脆弱な、守ってやらねばと気が気でなくなるようなそれでもなくて。

“…。”

彼のまとった“優しさ”とは、
頼りに出来る上での安らぎをくれる、
そんな風にしっかりした安穏だとも思う。
そうでなければ、
この自分が、こうまで心許して懐いたり甘えたりはしない。

“…あ。”

黎明のほのかな明るさの中ではあったが、
ここまで間近いからこそ気がついた。
頬骨の辺りだろうか、僅かほど光る細い細い線があって、

“これって…。”

似たようなもの、たくさん見て来たから判る。
間違いなく“傷痕”だと判る。
恐らくは大戦時、今よりもっとずっと若いころに負った怪我。
若かったからここまで消えたが、
深かったからこそ消え切らなかったことを偲ばせて。
顔という急所だらけの場所なのに、
しかも、こうまで眸の傍にだなんて。
彼ほどの巧者でも避け切れなかった一撃だったのだろうか。
それとも…誰かを庇ったからか。
戦火の最も激しかった前線に、生身の体で投じられた部隊の斬艦刀乗り。
自分もそうだったから知っているあの修羅場の中、
しかもこの若さで、よくも生き残れたものだと思う。

  『アタシは桃太郎というよりも浦島太郎でしたから。』

長らく続いたあの大戦の雌雄を決したとも言われている、
最後の、最も大きな戦いに、
駆り出されてからの記憶が…彼には一切残っていないとか。
生命維持装置に入れられての、終戦から5年も経ってから、
あの蛍屋の女将に見つけられて、やっと起こされたのだと聞いている。

「…。」

どれほどの想いが、その胸をその身を灼いたのだろか。
人を斬るのは生き残るため。
忠義を誓った賢主や愛しき民のため。
それが侍ぞと、人斬りの罪科を負い続け、
慕う上官の御身と志を守るためなら、
何でもしよう、どうでもなろうと、
なりふり構わないことこそが矜持でさえあったほどの、その戦さが、

 ――― 知らぬ間に終わっていただなんて。

カンベエもいない、手に刻んだ六花もない。
真摯で熱い意志と情を抱えて、確かに生きたはずの数年ごと、
むしり取られて喪われた腕は、その半身にも等しくて。
さぞかし痛くて辛かっただろうにね。

「…。」

話を聞くまで知らなかったし、判らなかった。
それほどのことを微塵も匂わせず、
人を大事と優しく笑える、そんな強さを持つ彼を、
愛しい人だと慕って、何の不思議があることか。

「ん…。」

さすがに、
すぐの傍らに覚醒し切っている意識があるのは擽ったかったか。
山百合がゆっくりと花開くように、
それは優美なお目覚めをした母上を、

「…。//////////

こんな眼福、滅多にあることじゃあないとばかり、
息を殺してのじぃっと見つめた次男坊であり、

「…え? あ…。」

ちょうど数刻ほど前のキュウゾウと同じように、
まずは自分の置かれた状況が判らぬまま、
たいそう間近にいた誰ぞの気配にぎょっとしてのそれから、

「おはようございます、キュウゾウ殿。」
「…。///// (頷)」

いやいや、
すぐにも起こしての詰め所まで引っ張ってこうかと思ったんですがね。
アタシが近寄っても起きないくらい、
それはぐっすり眠ってらしたから可哀想かなと思いましてと。
おやや? 特に気を遣って忍び寄った訳ではないと言うおっ母様で。

「一緒に寝入ってどうするか、ですよねぇ。」

あはは…と朗らかに微笑ったお顔へ、

「…。////////

もうもうどうしてくれようかと。
寡黙で冷静な双刀使い殿が…地団駄踏みたくなるほどに、
胸の中が甘酸っぱく満たされる かあいらしさよ。
鮮烈なまでの悲劇を飲んでの末に にっこりと、
花のように笑える彼を、自分へ引き合わせてくれた島田には、
やはり感謝をすべきだろうか。
だがだが、あの大戦の間のずっと、
この彼を独占し続けていたのも島田なのだと思うと、

「〜〜〜〜〜。」
「? どしました?」

ちょっと複雑な想いの消えぬ、次男坊だったりもするようです。
(笑)





  〜 どさくさ・どっとはらい 〜  07.5.25.


  *拍手お礼にシチさんがいないのは、
   ちょっと寂しかったので。
(おいおい)


ご感想はこちらvv

戻る